|
  |

 |
|
■1cmに笑うやつは・・・(1月12日午後8:00)
奥さんが苦しみだしてもうかれこれ5時間ぐらい経つ。この頃には既にアクエリアスも受け付けなくなり、話すこともできなくなった。とにかく「ハァーッ」「フーーーーーーーーーーーーー」「イターーーーイ」を繰り返している奥さんを励ますしかない。目の下に涙がぽつっと出てて、これこそまさに「涙がちょちょ切れた」ってやつじゃろう。あまりにも痛そうなので、看護師さんを呼んで子宮の開き具合を見てもらうが、まだ7cmしか開いてない。5時間頑張ってたったの1cm。1cmがこんなに長い距離に思えたのは初めてじゃ。手でビリッと広げられたらどんなに楽か。
俺の母親が陣痛室に来て、「早く出ておいでー」と言いながら腰をさすってくれた。「さくらとむこちゃんはこんなに頑張っとんじゃけん、あんたも大事にしちゃげんにゃいけんよー」と、この時とばかりに女の凄さみたいなのを切々と聞かされた。
担当の先生が来て、「今だいたい半分ちょっと過ぎたぐらいです、今日中に産まれれば良いぐらいですかねえ」と言った。おいおい、まだ半分かい。本人には「あと3分の1ぐらいだって」と伝えておいた。
■僕らの3時間戦争(1月12日午後9:00)
今お産を振り返ってみると、この時間帯が一番辛かった。とにかく早く分娩台にあがりたい。分娩台にあがりさえすれば、あとは赤ちゃんを産むだけじゃ。
どこの病院でも似たようなものだと思うが、子宮が開くまでは看護婦さんも医者もほとんど来ず、妊婦さんはほったらかしにされる。長く孤独な戦い。本当のお産の付き添いというのは、分娩するときだけじゃなく、陣痛から始まっとるんじゃなとつくづく思った。
この日、俺らの他に2人の出産予定者がいた。分娩台は2つしかないので、1人はすでに分娩室にイン。俺は分娩室から「ギャーー!痛いーー!助けてー!」なんて聞こえてきたらどーしょなんてドキドキしてたけど、まったく声が聞こえてこない。まだまだ余裕なんかな?一方、陣痛室の隣の人は、破水して子宮も全開らしいが、平気で廊下をうろうろして家族とくっちゃべっている。この妊婦さんがこの3時間後に出産してるとは、このとき想像もしてなかった。
うちの奥さんは相変わらずうめいていた。口元に顔を近づけると、胃酸の強烈なにおいがした。かなり吐き気がひどい模様。本人も「気分が悪い」とずっと言っていた。
見るに耐えかねたので、再度看護師さんカモン。俺は母親と一緒に待合室で待つことに。父親は「産婦人科は男がいる場所じゃない」と言って、外の車の中で犬のマロンと一緒に待っていた。俺の妹が1年前に出産したが、そのときもずっと車の中で待っていて、生まれたら赤ちゃんも見ずに帰ったらしい。
待合室には分娩室にいるTAさんのお義母さんがいて、俺の母親と自分たちの出産思い出話を交えてお産トークに華が咲いたが、やっぱり最後は「女があれだけ頑張ってるんじゃけん、男は大事にしないと」の話になって何故か俺が責められた。
看護師さんがなかなか現れず待つこと数十分、「sakuratomさん、子宮が9cm開いたので分娩室に入りました」。おぉーーいよいよかあ。
その数十分後、また看護師さんがやってきて、「sakuratomさん、立ち会いのご希望だったんですが、奥さんがかなりの嘔吐を繰り返していて、その姿を本人が見られたくないという事で立ち会いをやめて欲しいとのことです」。この時、ほっとしたような、悲しいような、複雑な気分じゃった。
奥さんに後から聞いたら、1kgぐらいは嘔吐したらしい(食事中の方すんません)。看護師さんによると、胃が圧迫されて吐く妊婦さんがたまにいるとのこと。俺の会社の同僚の奥さんも出産中に吐きまくって、でもその人は奥さんの出産に立ち会って、奥さんが吐くのを皿で全部キャッチしたそうな。あんた、すげーよ。
■怒濤の出産ラッシュ(1月12日午後10:30)
病院は消灯時間近くになって、分娩室の周り以外はしーーんと静まり帰っていた。
俺の母親は「あと1時間半、間に合うかねえ」と、やたらと1月12日誕生にこだわっている。俺が3月12日生まれじゃけん覚えやすいからだそう。
先生が登場。「あと1時間ちょっとで生まれますよ」。さっき、まだ半分じゃって言ってたのに。やっぱりお産はやってみないと分からんのんじゃなあ。
ドキドキドキドキ。あとちょっとで俺も父親かー、あんま実感ない。父親を呼びに行き、3人とTAさんのお母さんで待つ。
・・・・・・・・・(沈黙)
5分経過
・・・・・・・・・
「オギャーーオギャーー」
生まれたか!?
20分ほどして看護師さん登場。「TAさん、10時45分無事女の子が生まれました、おめでとうございます」。TAさんのお母さんは「あーーありがとうございますー」。俺らも「おめでとうございます」。
TAさんのお母さんは仕事で来られなかった息子さんに電話して報告。院長もやってきて、「奥さんは頑張りました、バンザーイバンザーイ」なんて携帯に向かってやってる。
さ、次はうちの番か?と思ったら、かすかに「オギャー」という泣き声が聞こえたような気がする。うちの母親もTAさんのお母さんも聞こえたと言っていた。でも一回きりでその後10分経ってもなんの音沙汰もなし。徐々に不安が増してきた。何かあったのか?もしかして、何かの緊急手術?
看護師さんもあっちゃこっちゃ走り回っている。日曜の夜中なんで、ただでさえスタッフの数が少ないのに、3組も一気に出産が重なったので看護師さんも大わらわ。玄関は看護師さんが鍵で開けないと開かないが、そんな暇はないので、TAさんのお母さんはこの後2時間も病院内に軟禁されることになった。
11時40分ごろ、「ギャーーー、ウギグルァーーーー」という恐ろしい叫び声が聞こえてくる。あれはどう考えても赤ちゃんの泣き声じゃない。俺の奥さんに何かあったのか?この時は、とにかく赤ちゃんより奥さんの体の方が心配じゃった。
それから5分ぐらいして「フンギャーーフンギャーーー」とかなり激しい泣き声が。もう何がどーなっとるんか分からん。
待望の看護婦さん登場。
「sakuratomさん、11時33分2740gの赤ちゃんが無事産まれました、おめでとうございます」。そしてすかさず走り去る。TAさんも俺の両親も喜んでくれた。でも、女の子って言わんかったよねえ。女の子やんなー?
どーやら、最初に泣いたのが俺の子供で、叫んでたのはもう一人の妊婦さんじゃったみたい。そして11時45分にその赤ちゃんが誕生。1時間の間に3人も生まれてそりゃもうカーニバル状態。
■ご対面(1月13日午前0:30)
 |
赤ちゃん誕生から約1時間、ようやくご対面となった。今回は俺の父親も強制参加。
分娩室に入って奥さんの顔を見たときは背中がゾゾゾッとしたが、涙は出なかった。俺の親がいなかったらどーなってたか分からないけど。赤ちゃんは想像とまったく違って、しわはまったくないし、髪はふさふさじゃし、人間らしかった。顔が腫れて、「おーい、はにまる」みたいじゃったけど。 |
奥さんは疲れ果てた様子。「一人っ子で良いよね」と言っていた。俺は超ありきたりな「よく頑張ったね、痛かった?」としか言えなかった。もうちっと気の利いたことを言えばよかった。
みんなで記念撮影をしてから両親は帰宅。TAさんのお母さんもようやく解放された。
この後、2時間ほどブドウ糖の点滴をされて部屋に戻る。が、当たり前じゃけどスタスタ歩けない。別の妊婦さんなんて、壁をつたいながらナマケモノのようにのそーっのそーっと歩いていった。
何も知らなければ変な歩き方じゃと思うじゃろうけど、この時の俺には勝者の証のウィニングウォークに見えた。国旗でも渡せば良かったかな。
俺も家に帰って、次の日の朝までしばし二人とお別れじゃ。あー疲れた。
■実録!なんちゃってソフロロジー出産
ここからは、奥さんの証言をもとに出産を再現。
分娩台にあがると、とにかく嘔吐。嘔吐。嘔吐。胃の中にあるもの全部出ても足りず、胃液も全部出た。看護師さんごめんなさ〜い。
ソフロロジーではいきんではいけない。いきもうとすると「いきまないっ!」と怒られ、痛くて叫ぶと「叫ばないっ」と怒られる。こんなに痛くちゃソフロロジーもへったくれもなく、呼吸法なんてできやしない。周りが「はい息をはいてーー」と言われてもできない。いきみたいのにいきめない。タオルを握りしめると、「タオルを握りしめないで、手をブラブラさせてー」「できるかいっ(心の叫び)」
ちなみに俺の妹が出産したときは、先生がひでえことする鬼に見えたらしい。「痛い痛いー」と叫んで、立ち会っていた旦那が「あと少しじゃけん頑張れー」と言っても「痛いんじゃぼけー」「もー出産やめる、ずっとお腹の中に入れとく」と叫び続けたそうな(笑)。
赤ちゃんが徐々に出てくる。この病院では出産になるべく人の手を加えない方針らしく、考えただけでも痛そうな会陰切開はされなかった。でも、痛くてお股が裂けそう。
裂けた。
複雑会陰裂傷(ふくざつえいんれっしょう)
アタタタタタ、想像したくねー。この裂けたところは、赤ちゃんが産まれた後でザクザク縫われた。ちなみに縫った糸は約1ヶ月で溶けてなくなるし、傷も元に戻ったのでご安心を。
待ちに待った赤ちゃんが出てきた。正式記録で出産に要した時間は16時間半。ま、一般的に言えば長くも短くもなく安産になるんじゃろうけど、それはそれは長くて短い一日じゃった。
今回は分娩室に入れなくてちょっと残念だったが、とにかく無事に産まれて良かった。元気な赤ちゃんが産まれてさえくれれば良いというのは本当にそうで、健康であればそれ以上の望みはない。自分の年齢は忘れてもこの日のことを忘れることはないじゃろう。
おまけの入院編に続く
|
|
|
 |
|